東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)54号 判決 1974年5月15日
東京都江東区北砂町一丁目五二九番地
原告
合資会社下田鉄工所
右代表者代表清算人
山田三郎
東京都江東区亀戸二丁目一七番八号
被告
江東東税務署長
右指定代理人
前蔵正七
同
二木良夫
同
和泉田三喜造
同
山田康王
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立て及び主張
別紙記載のとおりである。
第二証拠関係
一 原告
1 提出した書証
甲第一号証から第八号証まで
2 援用した証言
証人坂元登の証言
3 乙号証の成立の認否
いずれも認める。
二 被告
1 提出した書証
乙第一号証から第五号証まで、第六号証の一から三まで、第七号証、第八号証の一から三まで、第九、第一〇号証、第一一、第一二号証の各一から三まで、第一三号証から第一六号証まで、第一七号証の一、二及び第一八号証から第二〇号証まで
2 援用した証言
証人坂元登及び同泉智雄の各証言
3 甲号証の成立の認否
甲第七号証の成立は知らない。甲第八号証中確定日付部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は知らない。その余の甲号各証の成立はいずれも認める。
理由
一 当事者間に争いのない事実
原告が昭和三五年一月三一日に解散し、同年二月五日に新会社の設立登記がされたこと、原告は、昭和三六年七月一日に、清算所得に対する法人税について、清算所得金額を四三一、八一五円とする確定申告をしたこと、被告は、昭和三八年六月二九日付で、原告の申告にかかる清算所得のほかに、被告の主張一の(一)記載のような申告洩れの清算所得合計六八八、八一八円があるとして、これを申告額に加算して、清算所得金額を一、一二〇、六〇〇円とする更正をしたこと及び東京国税局長が右更正による加算額のうち未払金否認額二四四、〇〇〇円の加算を取り消し、清算所得金額を八七六、六〇〇円とする旨の裁決をしたことは、当事者間に争いがない。
二、原告は、新会社に資産、負債及び資本勘定の一切を承継させ、本件通達にいう組織変更の手続をしたから、右通達に従い、原告に対し清算所得に対する法人税を課すべきでないと主張する。
しかしながら、本件通達は、医療法人の組織変更に関するものであつて、医療法人ではない原告についてこれを適用する余地がないことは極めて明瞭であるから、原告の右主張は既にこの点で失当である。
原告は、他にも、原告に対して清算所得に対する法人税を課すべきでない旨を種々陳弁するが、合資会社である原告が解散した以上、たとえその資産、負債の一切を新たに設立された株式会社である新会社が承継したとしても、原告に対して清算所得に対する法人税が課されることは当然のことであつて、原告の論述はいずれも独自の見解にすぎず、採用の限りでない。
三 また、原告は、原告がした確定申告は、自己の意思に反するものであり、昭和三八年一一月二日、被告に対して取下げ願いを提出して右申告の取消しを求めたと主張する。
しかしながら、原告がした確定申告が原告の意思に反するものであつたと認めるに足りる証拠はなく、また、確定申告は、租税債務を確定する効果を有するいわゆる私人の公法行為に該当し、いつたんなされた以上、これを自ら自由に取り消し、撤回することは許されないと解すべきであるから、原告の右主張も失当である。
四 そこで、進んで、原告の申告洩れの清算所得の有無について検討する。
(一) 貸付金計上洩れについて
被告の主張二の(一)1及び2記載の事実(ただし、原告の解散時において貸付金四〇七、〇〇〇円が積立金として存在したとの点を除く。)は、証人泉智雄の証言及び弁論の全趣旨によつて、これを認めることができる。
そうすると、原告が昭和三三年二月一日から昭和三四年一月三一日までの事業年度において、以前に架空借入金として否認された合計四〇七、〇〇〇円を含む公表帳簿上の借入金を消滅させた以上、真実の借入金の返済に当たらない右四〇七、〇〇〇円に相当する資産が社外に流出したことは明らかである。そして、原告は、代表者の個人企業同然の会社であつた(このことは弁論の全趣旨によつて認められる。)うえ、右四〇七、〇〇〇円を代表者に対する貸付金と認定してされた右事業年度の所得に対する法人税更正を争わず、その翌事業年度である解散事業年度の所得に対する法人税更正における被告の右と同じ認定をも争わなかつたことに照らし、前示のとおり原告が借入金を消滅させた事業年度において、代表者に対する貸付金四〇七、〇〇〇円が発生したものと認めるのが相当である。そして、原告は、右貸付金の発生後解散時までに、右貸付金が消滅し、又はその全部若しくは一部の回収が不能となつた等の事情があることを何ら主張立証しないから、右貸付金は、原告の解散時において存在したものと推認すべきである。
したがつて、被告が本件更正において、右貸付金四〇七、〇〇〇円を原告の清算所得を構成する残余財産に該当すると認めたことに違法はない。
(二) 出資金計上洩れについて
原告は、被告の主張二の(二)記載の事実を明らかに争わない。
そうすると、原告の東京都民銀行に対する出資金合計一〇、〇〇〇円は、原告の清算所得を構成する残余財産に当たるというべきである。
(三) 未経過利息について
被告の主張二の(四)1記載の事実は当事者間に争いがない。
原告は、原告と富士銀行亀戸支店との契約の実質は手形の売買であると主張する。ところで、手形を手段として金融を受ける方法としては、手形割引(手形の売買)と手形貸付(手形を担保又は履行確保のため交付することによつてする消費貸借)とがあり、そのいずれであるかは、当事者の意思によつて判定すべきであるが、当事者の意思が明らかでないときは、現在の取引社会の実情に鑑み、特段の事情がない限り、後者と推定するのが相当である。そして、本件において、原告及び富士銀行が手形の売買をする意思をもつて契約をしたと認めるのを相当とする特段の事情は、本件に顕れた全証拠によつても認められない。したがつて、原告の右主張は失当である。
そして、原告は、解散時までに富士銀行に対して借入金を弁済しなかつたこと、右借入金については、新会社が昭和三五年二月一日に債務を引き受けたこと及び原告が支払つた利息のうち同日以降の未経過分が二八、四三一円であることは、原告の明らかに争わないところである。
そして、新会社の右債務引受は、新会社が原告の資産及び負債一切を承継する一環として行われたものであることは、原告の主張自体から明らかであるから、新会社は、債務引受に伴い右借入れによる利益を享受するものというべきであり、したがつて、右借入れの対価たる未経過利息は、借入金を承継した新会社において負担すべき性質のものであり、新会社は、原告との間に原告の資産及び負債の一切を承継する旨の合意をした際、原告が富士銀行に対して支払つた利息のうち、新会社が負担すべき同日以降の未経過利息二八、四三一円相当額を原告に対して償還すべき債務を負担したものと認めるのが相当である。原告は、新会社のために立替払いする意思で利息を支払つたものではないと主張するが、そうであつたとしても、そのことは、何ら右認定の妨げとなるものではない。
したがつて、原告の新会社に対する右利息相当額二八、四三一円の償還請求権は、原告の清算所得を構成する残余財産であると認めるべきである。
(四) 申告洩れの清算所得の金額について
以上に認定した原告の清算所得を構成する残余財産に該当する貸付金四〇七、〇〇〇円、出資金一〇、〇〇〇円及び利息相当額の償還請求権二八、四三一円は、いずれも原告の申告にかかる清算所得に計上されていないものであることが明らかであり、これらを合計すると、四四五、四三一円となり、被告が本件更正(ただし、審査裁決を経た後のもの)において申告洩れの清算所得として加算した四四四、八一八円を上回ることとなる。
したがつて、その余の点についてふれるまでもなく、本件更正には、清算所得の範囲の認定を誤つた違法がある旨の原告の主張は、理由がない。
五 よつて、原告の請求は理由がない(なお、原告は、清算所得が存在しない旨の主張が認められないときは、積立金分配可能の旨の判決を求めるというが、積立金の分配が可能であるか否かは、単なる法律問題であつて、法令を適用することによつて解決することができる当事者間の権利義務に関する具体的紛争には当たらないから、そのような判決を求めることが許されないことは明らかである。)から、これを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 吉川正昭 裁判官青山正明は、転官につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 杉山克彦)
別紙
第一 当事者が求めた裁判
原告は、「被告が昭和三八年六月二九日付でした原告の清算所得に対する法人税更正を取り消す。」との判決を求め、被告は、主文第一項と同旨の判決を求めた。
第二 原告の請求原因
一 原告は、昭和三五年一月三一日に解散し、同年二月五日に設立登記を行った株式会社下田鉄工所(以下「新会社」という。)に、資産、負債及び資本勘定の一切を包括承継することにより、法人税法取扱通達昭和二九年直法一-九五「医療法人が組織変更をする場合の課税の疑義について」(以下「本件通達」という。)が示すいわゆる組織変更の手続を行つた。
しかるに、被告は、昭和三八年六月二九日、原告の昭和三四年二月一日から同三五年一月三一日までの事業年度(以下「解散事業年度」という。)末の残余財産にかかる清算所得に対する法人税の更正を行つたが、右更正には次のとおりの違法がある。
(一) 合資会社を解散して株式会社を設立した場合においても、実質的に資産負債及び資本勘定の包括承継を行つた場合においては、本件通達にいう組織変更として取り扱うべきであつて、清算所得に対する法人税を課税すべきではない。
けだし、かかる場合は、いつか将来において合資会社から株式会社に承継された積立金に対する課税が行われるのであるから、財産承継の段階で、清算所得に対する法人税を課税しなくとも、何ら税法上の法益を侵害しないと考えられるからである。
原告は、もし、本件財産の承継に本件通達が適用されないことをあらかじめ知つていたならば、資本金額以外の純積立財産額は、出資社員に対して利益配分を行う意思であつた。
(二) 被告は、原告に対して清算所得に対する法人税を課税しておりながら、実際の課税上の取扱いにおいては、原告から新会社への財産承継(組織変更)の事実を認めている。
すなわち、被告は、原告の清算所得に対する法人税更正においては、たな卸し計上洩れ一、〇八五、四二七円を残余財産に計上する一方、新会社の昭和三五年二月一日から同三六年一月三一日までの事業年度(以下「第一事業年度」という。)の所得に対する法人税更正においては、右たな卸し品を原告から承継したものとして借方資産の部に仕入損金として計上し、それと対応して右金額相当額を未払金として貸方負債の部に計上した。そのため、新会社の第一事業年度の決算において、右未払金相当額が積立金から控除される結果となつたが、被告のこのような取扱いは、前期否認後期認容という形で原告から新会社への積立金の承継を認め、ひいては、原告と新会社との関連性を認めたことになる。もし、両社間の財産の承継を認めないならば、新会社において右たな卸し計上洩れ相当額一、〇八五、四二七円を仕入損金に計上するに当たつて、右相当額をマイナス積立金として負債に計上することは不当である。
二 仮に、清算所得が存在するとしても、その範囲の認定については、次の点において違法がある。
(一) 被告は、原告の原告代表者に対する貸付金が残余財産に計上洩れであるとして、これを清算所得に算入しているが、右貸付金の発生原因をなす借入金についてその発生を否認せず、支払いを否認して、これを原告代表者に対する貸付金と認定したものであるから、これを清算所得に含めることは不当である。
(二) 被告は、未経過保険料と未経過利息を残余財産に含めるべき資産と認定して、これを清算所得に加算しているが、本来、未経過費用は、資産性を有しない繰延勘定であり、会計学上にいう費用の期間配分であつて、時の経過に従つて損金処理をしなければならないものである。したがつて、解散事業年度の翌日から既に損金経理を行わなければならないものであるから、これが財産として分配可能性があるものかどうか疑わしい。現在の法律実務家においても、未経過費用を残余財産とは見ていない。
(三) 被告は、再評価積立金、営業権、未経過費用については承継を認め、仮払金、欠損金、前期繰越金については承継を認めていない。つまり、新会社は、原告の資産負債を包括的に承継する手続を行つたにもかかわらず、被告は、自由に取捨選択し、あるものは承継を認め、あるものは承継を認めないという処理をしている。
第三 請求原因に対する被告の答弁
一 原告が昭和三五年一月三一日に解散したこと、同年二月五日に新会社の設立登記がされたこと及び被告が昭和三八年六月二九日原告の解散に伴い清算所得に対する法人税更正を行つたことは認める。
二 原告が本件通達の示すいわゆる組織変更の手続を行つたとする点は否認する。
本件通達は、医療法人の組織変更(出資持分の定めのない法人を解散して新たに出資持分の定めのある法人を設立する場合)について、「旧法人を解散すると同時に新たに新法人を設立した場合」の趣旨の文言の解釈上の疑義についての通達であつて、医療法人以外の法人については関係のない通達である。
三 実質的に法人が資産、負債及び資本勘定の包括承継を行つた場合においては、本件通達にいう組織変更として取扱い、清算所得に対する法人税を課税すべきでないとする点は争う。
四 原告が、本件財産の承継について本件通達の適用のないことをあらかじめ知つておれば、出資社員に対し利益配分を行う意思であつたことについては知らない。
五 被告が実際の課税上の取り扱いにおいて、原告から新会社への財産承継の事実を認めているとの点は否認する。
六 仮に、清算所得が存在するとしてもその範囲の認定について違法があるとする点は争う。
第四 被告の主張
一 課税の経緯は次のとおりである。
(一) 原告は、解散による清算所得の発生を認め、昭和三六年七月一日に清算所得金額を四三一、八一五円とする確定申告(期限後申告)をしたものであるが、被告の調査したところによると、
貸付金計上洩れ 四〇七、〇〇〇円
出資金計上洩れ 五、〇〇〇円
未経過保険料 四、三八七円
未経過利息 二八、四三一円
未払金否認額 二四四、〇〇〇円
計 六八八、八一八円
の申告洩れが判明したので、これを申告額に加算して、昭和三八年六月二九日に清算所得金額を一、一二〇、六〇〇円とする更正をした。
(二) 原告は、これを不服として、昭和三八年七月九日、再調査請求をしたが、棄却されたため、同年一一月二二日、東京国税局長に対し審査請求をした。
そこで、東京国税局長は、審査の結果、前記更正による加算金額のうち、未払金否認額二四四、〇〇〇円については、原告の処理を認めて、清算所得の金額を、申告額四三一、八一五円に更正による加算額から右二四四、〇〇〇円を控除した残額四四四、八一八円を加算した八七六、六〇〇円として、原処分の一部を取り消す裁決を行つた。
(三) 以上のとおり、原告は、新会社との間に組織変更が認められないとして、自ら、清算所得に対する法人税の確定申告を行い、再調査請求及び審査請求においても、組織変更である旨の主張をしていなかつたものである。
二 本件更正において加算した個々の資産(裁決により取り消された分を除く。)の内容は次のとおりである。
(一) 貸付金計上洩れ四〇七、〇〇〇円について
1 原告は、昭和二六年二月一日から同二七年一月三一日までの事業年度において、国民金融公庫から一五〇、〇〇〇円を借り入れたが、そのうち七、五〇〇円を簿外にて返済した。その結果、同事業年度末の正当な借入金残高は一四二、五〇〇円となるにもかかわらず、公表帳簿にこれを一五〇、〇〇〇円と表示していたので、被告は、このうち七、五〇〇円(一五〇、〇〇〇円-一四二、五〇〇円)を架空借入金として否認した。
次いで、原告は、昭和二七年二月一日から同二八年一月三一日までの事業年度においても、前記借入金のうち九〇、〇〇〇円を返済したため、同事業年度末の右借入金の残高は五二、五〇〇円となつたにもかかわらず、公表帳簿にこれを五八、〇〇〇円と表示していたので、被告は、このうち五、五〇〇円(五八、〇〇〇円-五二、五〇〇円)を架空借入金として否認した。
更に被告が、原告の昭和二八年二月一日から同二九年一月三一日までの事業年度における長野工場の現金出納帳の内容を調査したところ、当該帳簿に借入金として計上されていた三九四、〇〇〇円は、原告が、売上代金を借入金として仮装経理していたものであることが判明した。そこで、被告は、右金額を架空借入金として否認した。
以上述べたとおり、原告の昭和二六年二月一日から同二九年一月三一日までの三事業年度における借入金否認額は、合計四〇七、〇〇〇円となる。そして、原告は、右借入金否認が正当であることを認め、当該金額を昭和二九年二月一日から同三〇年一月三一日までの事業年度の法人税確定申告書において積立金に計上していた。
2 その後、右借入金否認額は、昭和三〇年二月一日から同三三年一月三一日までの事業年度中は留保金額として積立金に計上されていたが、翌昭和三三年二月一日から同三四年一月三一日までの事業年度の法入税についての調査の結果、原告は、右否認された合計四〇七、〇〇〇円を含む借入金を同事業年度において消滅させていたことが判明した。そこで、被告は、右借入金の消滅額のうち四〇七、〇〇〇円に相当する資産の社外流出を原告代表者に対する貸付金と認定するとともに、当該貸付金に対する利息をあわせて認定した。
これに対して原告は争わず、翌事業年度(解散事業年度)の所得に対する法人税更正においても、被告は前期と同様、貸付金及びその利息を認定したが、やはり原告はこれを争つていない。したがつて前記貸付金四〇七、〇〇〇円は、原告の解散時(昭和三五年一月三一日)において積立金として存在したので、被告は、これを原告の清算所得を構成する残余財産に加算したものである。
(二) 出資金計上洩れ五、〇〇〇円について
原告は、昭和二六年二月一日から同二七年一月三一日までの事業年度において、東京都民銀行の株式一〇株を五、〇〇〇円(額面金額)で取得したが、右取得代金を雑費として計上していた。そこで、被告は、右取得代金の損金算入を否認し、これを出資金計上洩れとして積立金に算入した。これに対して原告は争わず、右出資金は原告の解散事業年度末の積立金として留保されていた。そこで、被告は、これを原告の清算所得を構成する残余財産に加算したものである。
なお、原告の解散時における東京都民銀行に対する出資金の額は、一〇、〇〇〇円であつたから、被告が更正において残余財産に加算した出資金計上洩れ五、〇〇〇円のほかに、更に、出資金五、〇〇〇円が原告の清算所得を構成する残余財産に加算されるべきである。
(三) 未経過保険料四、三八七円について
1 未経過保険料は、株式会社の貸借対照表及び損益計算書に関する規則第一三条並びに企業会計原則第三、(一)、Cに規定されているとおり、前払費用として貸借対照表の流動資産の部(一年以内に費用となるものとして本件の場合はこれに当たる。)に記載されて次期以降に繰り延べられるものである。そうして、未経過保険料が法人税法上いかに経理されるべきかについてはこれと別異に解すべき理由はなく、同法においても右の確立された会計慣行と同じく、繰り延べられるものであつて、支出した事業年度の損金にはならないと解すべきである。
2 ところで、原告は、解散事業年度において、事業場につき大成火災保険株式会社に支払つた火災保険料一七、五五〇円(保険期間昭和三四年五月二二日から同三五年五月二一日まで)のうち、解散後(昭和三五年二月一日以後)三か月に見合う四、三八七円だけは、同事業年度の損金に当たらない未経過保険料であるとして法人税の確定申告を行つた。
しかるに、本件被保険物件(事業場)の所有権は、解散日の翌二月一日に新会社に移転されているのであるから、本件未経過保険料は、原告が新会社に対して立替払いをしたことになり、原告は、同額の立替払債権を有することになるのである。
3 以上述べた理由により、被告は、本件未経過保険料を原告の清算所得を構成する残余財産に加算したものである。
4 仮に、右火災保険契約に基づく被保険者の権利が原告から新会社に移転せず、原告が解散した昭和三五年一月三一日に、右火災保険契約が解約されたとすれば、原告は、大成火災保険株式会社に対し支払保険料の一割五分に相当する二、六三二円の返戻請求権を取得したことになるから、右債権は、原告の清算所得を構成する残余財産に計上されるべきである。
(四) 未経過利息二八、四三一円について
1 原告は、解散事業年度中の昭和三五年一月二二日に富士銀行から一、三〇〇、〇〇〇円を借り入れ、同日、右借入金にかかる日歩二銭七厘の割合による三か月間(昭和三五年一月二二日から同年四月二二日までの九一日間)の利息三一、九四一円を支払うとともに、これを全額同事業年度の損金に計上した。
2 そこで、被告は、解散事業年度の所得に対する法人税についての更正において、同事業年度の損金に該当しない未経過利息分二八、四三一円(解散後の昭和三五年二月一日から同年四月二二日までの八一日間分)の損金算入を否認するとともに、これを同事業年度末の積立金に算入した。
つまり、右借入金は原告が設備資金として借り入れたものであるが、右債務は、解散まで弁済されず、昭和三五年二月一日に新会社に引き受けられたので、爾後、新会社は、右未経過利息を支払うべき債務を負うところ、原告がこれを前払いしているので、原告は、新会社に対し同額の立替払債権を有することとなるからである。
3 ところで、原告は、前記解散事業年度の所得に対する法人税更正について争わず、未経過利息分は、原告の解散時の積立金として確定しているので、被告は、これを原告の清算所得を構成する残余財産に加算したものである。
三、本件において原告が援用する医療法人の組織変更にかかる国税庁長官通達(昭和二九年直法一-三九及び一-九五)は、医療法人以外の法人にも適用があるかどうかについて
(一) 昭和二七年法律第五五号(施行昭和二七年四月一日)により、相続税法第六六条に第四項(以下「本項」という。)が新設されて、本項所定の法人に対する昭和二七年一月一日以降の財産の提供又は贈与若しくは遺贈により、当該財産の提供者又は贈与者若しくは遺贈者及びその同族関係者等の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるときは、当該法人を個人とみなして相続税又は贈与税を課税することとなつた。
医療法人は、本項の「公益を目的とする事業を行う法人」に該当するところ、出資持分の定めのない医療法人に対する財産の提供等について本項の規定がなければ、右法人の取得する財産は、いわば資本の払込みに該当するのであるから、法人に法人税を課税することができず、また出資持分の移転の際に相続税又は贈与税を課税することもできず、更に、右法人がその財産の提供者によつて依然として支配されているような実情にある場合には、右提供者等の個人所有財産と択ぶところがないにかかわらず、将来、相続があつても、これに対し相続税を課税することもできず、結局、財産の提供者等について何ら租税を課しえず、著しく租税負担の公平を失することとなる。本項は、このような不合理を除去するために設けられたものである。
(二) 国税庁長官は、本項の解釈運用の基準を通達によつて次のとおり示した。
1 すなわち、医療法人を出資持分のあるものとそうでないものとに分け、前者については、本項を適用しないこととし、後者については、これに対する財産の提供等によつて提供者等の相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果とならないかどうかを判断し、もし、減少すると認められれば、本項によつて課税することとするとともに、右により、本項の適用を受け課税されるべき法人が、課税を避けるため、一定の期日までに一定の手続をとつた場合には、特に本項の適用をしないことの取扱いをも定めた。
2 右にいわゆる一定の手続きとは、「定款若しくは寄附行為又は組織等の変更」であるが、ここにいう「組織等の変更」とは、医療法人には組織変更の規定がないのであるから、会社法におけるような厳格な意味の組織変更を指すものではなく、特にはじめから本項の適用を受けない医療法人とそうでないものとの均衡を保つための便宜的な事実上の取扱いをいうのである。
それによると、出資持分の定めのない医療法人を解散して、出資持分のある医療法人を設立し、資産負債をそのまま引き継ぐ方法をとるときは、一般の法人の組織変更に準じて取り扱うこととしている。
つまり、法律上組織変更が定められていないのであるから、厳密にいえば、解散のとき、清算所得に対する課税が行われる筈であるが、右のような特別の配慮に基づき、本項の適用を受けないようにするための取扱いを認めたのに拘らず、解散の段階で清算所得に対する課税を行うのは、特別の取扱いを定めた趣旨並びにはじめから出資持分の定めのあつた医療法人との比較からいつて妥当なものといえないので、右のように通達したのである。したがつて、右通達の定める要件を充たしていないときは、清算所得に対する課税がされるのはいうまでもない(同通達第二項)。
(三) このように、原告援用の通達は、特別の配慮に基づく清算所得の課税等の適正化を目的としている通達の趣旨を敷衍するために出されたものである。
すなわち、旧法人の解散の日と新法人の設立の日とが異なつても、両法人が実質上一体であることが明らかであるとき、組織変更として前記通達の適用があると定めたのは、清算所得課税についての取扱いの趣旨を全うするためのものであつて、医療法人につき一般的に組織変更を法律の規定なしに認めるものではない。いわんやその標題の示すとおり、医療法人以外について適用されるものではない。
四 被告は、実際の課税上の取扱いにおいて、原告から新会社への財産承継(組織変更)を認めているかどうかについて
(一) 被告は、新会社の第一事業年度の法人税について調査した結果、本件残余財産の受入れに関し、新会社の設立貸借対照表について、次のとおりの修正仕訳を行つた。
借方 貸方
製品 一、〇三九、〇〇〇円 営業権 三九七、四二九円
仕掛品 四六、四二七円 未払金 一、五一九、〇八八円
再評価積立金 八三一、〇九〇円 ――――
計 一、九一六、五一七円 一、九一六、五一七円
右のうち、借方の製品及び仕掛品合計一、〇八五、四二七円は、被告が、原告の解散事業年度の所得に対する法人税についての更正において、たな卸し計上洩れとして益金に加算した金額である。
(二) 右修正仕訳を行つた理由は次のとおりである。
1 新会社は、原告から受け入れた右たな卸し資産一、〇八五、四二七円を第一事業年度において売却処分していたのであるが、右たな卸し資産を記帳せず、売上金額のみを記帳したため、当該売上金額が全額益金に計上される一方、これにかかる原価は零となつていた。そこで、被告は、新会社の開始貸借対照表について、右売上金額にかかる原価を新会社の有利なように認定控除するため、前記のとおりの修正仕訳を行つたのである。
2 また、新会社の設立貸借対照表の資産の部(借方)に計上されていた営業権三九七、四二七円及び負債資本の部(貸方)に計上されていた再評価積立金は、設立貸借対照表に計上されるべきものではないとして、これを否認し、前記のとおりの修正仕訳を行つた。
3 しかして、右修正仕訳の結果、その差額として負債資本の部(貸方)に計上された一、五一九、〇八八円は、新会社が原告から受け入れた財産の対価として支払うべき債務となるので、これを原告に対する未払金としたものである。
(三) ところで、被告が、前記のとおりたな卸資産にかかる未払金相当額一、〇八五、四二七円を原価として認定控除した結果、新会社が第一事業年度に計上した利益金は、右未払金相当分だけ減少することとなり、そのことはまた、新会社の期末積立金をその額だけ減少させることを意味するが、新会社の期末積立金は新会社の当該事業年度の利益金額中社内に留保された金額に外ならないのであるから、これを減少させる処理をしたからといつて原告の解散事業年度末の積立金とは何の関係もないことはいうまでもない。
(四) もしも、被告が、原告の主張するように原告から新会社への積立金の承継を認めた処理をしようとするのであれば、その処理は次のようにならなければならなかつたはずである。
1 すなわち原告において、製品仕掛品計上洩れとして課税済みのたな卸し資産一、〇八五、四二七円は、留保されて繰越利益剰余金となる性質のものであるから、その承継を認めるものとすれば、新会社の設立貸借対照表の受入処理においても、資産の部に、製品仕掛品一、〇八五、四二七円と計上され、これと対応して負債資本の部に同額の繰越利益剰余金が表示されることとなり、更に、この繰越利益剰余金は、当該事業年度の利益のうち留保された金額と合算されて期末積立金となる。したがつて、新会社の第一事業年度末に計上されていた積立金額を税務処理において減算することはありえないのである。
2 仮に、被告が右のような受入処理をしたのであれば(このような税務処理は、商法上又は有限会社法上の組織変更の場合及び合併の場合でもなければ行われないのであるが)、それは、積立金に関する限り、事業年度が継続している場合に行う処理と全く同一であるから、組織変更を認めた処理ということができるであろう。
しかし、被告は、右のような処理をしておらず、前記のとおり新会社の設立貸借対照表の修正自体において、原告の積立金を承継させない処理を行つているのである。
(五) なるほど、被告の処理によれば、新会社は、原告に対したな卸し計上洩れ分にかかる一、〇八五、四二七円の支払債務を有することになつているから、その点については、原告と新会社とに取引上の関連があるといえるであろう。
しかし、このような税務処理は、新会社が原告以外から本件事案のような帳簿外資産の受入れをして、これを当該期間中に売却した場合にも、全く同様に行われるのであるから、このような関連性があることをもつて新会社と原告との間に積立金の承継が行われたとか、組織変更があつたとかの理由になしえないのは当然である。
(六) また、およそ税法上の積立金額とは、「積立金、準備金その他名義の何たるを問わず、法人の各事業年度の所得のうち留保した金額の累積額」をいうのである(昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法第一六条第一項)。
したがつて、原告主張のように、被告の処理によつて事実上の組織変更が生じているというためには、原告の積立金その他資産負債の一切が新会社に包括承継されているような税務処理がされていなければならないはずである。
しかるに、被告は、前記のとおり、新会社の設立貸借対照表の資産の部に計上されていた営業権三九七、四二九円及び負債資本の部に計上されていた再評価積立金八三一、〇九〇円は、新会社の設立貸借対照表に計上するべきものではないとして否認し、また、新会社の第一事業年度の所得に対する法人税についての更正(これについて新会社は争わず、すでに確定している。)において、期首現在積立金額を零とする等の処理をしているのであるから、原告と新会社との間における事実上の組織変更を認めていないことは明白である。
(七) なお、商法又は有限会社法所定の手続を経ないで、他の種類の会社に事実上の組織変更をした場合に、被告がこれを組織変更として取り扱い、清算所得に対する法人税を課税しないという事実はない。
第五 被告の主張に対する原告の認否
一 被告の主張一の(一)記載の事実中、原告の確定申告及び被告の更正の経緯並びに同一の(二)記載の事実は認める。
二 同二の(三)2の前段記載の事実及び同二の(四)1記載の事実は認める。
第六、被告の主張に対する原告の反論
一 本件通達の適用について
(一) 被告は、本件通達は、医療法人以外には関係のない通達であると主張するが、いやしくも法人の取扱通達として公表された以上は、それが法人である限り均等の適用を受けるべきである。つまり、当該通達は、法人の種類を異にしても、財産の包括的承継があれば、組織変更と同一に取り扱うことを重点としているのであつて、もし、医療法人のみに適用されるとすれば、出資持分の定めのない法人が、法人格を異にする出資持分の定めのある法人となりながら、一般法人と取り扱いを異にする法的根拠はない。
(二) 医療法人について本件通達が特例を規定したのは、免税特典を与えるためのものでなく、非課税団体となるための条件補充の猶予期間を与えたもので、課税の公平を期するために出されたのである。しかして、およそ通達は職務命令であるが、外部に対し発表された限り、拘束力をもち、一般納税者に公信力を与えているのであるから、これが原告に適用されない理由はない。一般法人を医療法人と差別すべき理由はなく、憲法上同等の権利が与えられるべきである。
二 未経過保険料について
(一) 保険料は、法人税法第九条の総損金の性質を有し、収益的支出で資本的支出ではない。ただ、会計学的に期間収益対応の原則から、この損金を期間配分するため、繰延勘定として資産の部に計上しておくだけである。原告が解散事業年度の所得に対する法人確定申告書に繰延勘定として経理したのは、税務官庁の慣例に従つたまでで、残余財産であることを肯定したものではない。残余財産であれば分配できなくてはならないが、法律的に保険料不可分の原則に基づき、返還を求める権利は発生せず、保険契約約款もそのとおりとなつているのであるから、回収は不能である。
(二) なお原告は、右保険料の未経過分を新会社のために立替払いする意思をもつて支払つたものではない。
三 未経過利息について
原告と富士銀行亀戸支店の契約の実質は、自己宛手形の売買と解すべきであるから、支払利息は有価証券の売買損であり未経過利息の問題は生じない。
また、手形行為は無因行為であるから、本件のような手形取引契約書が存在しなくとも有効適法であつて、ただこの契約によつて手形取引の保証をし、担保を与えたにすぎない。したがつて、当該契約書は、原告の手形取引契約を新法人が更新したものである。
更に、原告は、新会社のために立替払いする意思をもつて右手形貸付契約にかかる利息を支払つたものではないから、当該支払利息の未経過分を原告の残余財産とすることは不当である。
四 被告は実際の課税上の取扱いにおいて、原告と新会社を同じ会社とみなしていることについて
(一) 新会社が、原告の資産負債並びに積立金及び欠損金をそのまま新会社のそれとして引き継いでいることは、原告の解散事業年度末の貸借対照表と新法人の開始貸借対照表を比較すれば明らかである。
なお、右新法人の開始貸借対照表において、原告の解散事業年度末の仮払金、当期欠損金、前期繰越金が営業権として表示されている理由は、仮払金は原告の支払つた法人税で、これを新法人の純粋資産として表示することは適当でないため、会計学上の繰延勘定に属する営業権として表示した次第である。
(二) ところで、新会社の第一事業年度の売上げは、三、一二三、一七七円であるが、この中には、原告の解散事業年度にたな卸し計上洩れとして更正を受けた製品及び仕掛品一、〇八五、四二七円に加働して完成したものも含まれている。
したがつて、原告と新会社の継続性を認めて右製品及び仕掛品の価額を期首たな卸し受入れ(仕入れ)として新会社の利益から控除しなければ二重課税となる。
(三) そこで、被告は、新会社の第一事業年度の法人税にかかる更正において、
借方 貸方
製品及び仕掛品 一、二二三、八〇一円 雑益 一、二二三、八〇一円
再評価積立金 八三一、〇九〇円 雑益 八三一、〇九〇円
雑損 三九七、四二九円 営業権 三九七、四二九円
雑損 一、五一九、〇八八円 未払金 一、五一九、〇八八円
と損益修正しているが、設立貸借対照表に対するこのような否認行為は不当である。
けだし、新会社は、財産承継の時点において、まだ商売を始めていないのであるから、時間空間の存在しないところに損益の発生する余地はないからである。
したがつて被告が、右のような経理を行つたことは、新会社が原告から財産の承継を受け、その対価として新会社に損金対応の未払債務を負担さぜたからだと考えざるをえない。つまり、それは、二重課税を回避するために当該未払金相当額を新会社の損失としたためである。
(四) 元来、新会社は、期首における積立金を零として出発すべきであるのに、被告の前記処理は、新会社の期首において、既に、未払金一、〇八五、四二七円に相当する積立金の減少を認容しているのであつて、これは、原告の解散事業年度において、たな卸し計上洩れの更正を行つたことと表裏一致し、原告の新会社への承継を認め、組織変更を認めたことになる。そうでなければ、原告の清算所得として課税済みの原告の積立金を新会社の積立金から除算する根拠はないはずである。
(五) この点につき、被告は、前記製品及び仕掛品の価額一、〇八五、四二七円を新会社の有利になるよう開始貸借対照表から認定控除したと主張するが、このたな卸し資産を新会社の設立当時に記帳することは、被告が原告の解散事業年度の所得に対する法人税についての更正において、右たな卸し計上洩れの査定を行つたのが、新会社設立後のことであるから、事実上不可能であるし、また、原告と新会社を同一会社とみるならばともかく、別会社とみるならば、右たな卸し資産を新会社の損金と認容せねばならぬ義務はない。
(六) また、被告は、「原告において、製品仕掛品計上洩れとして課税済みのたな卸し資産は、繰越利益剰余金となる性質のものであるから、その承継を認めるとすれば、新会社の設立貸借対照表の受入処理においても、資産の部に製品仕掛品、負債資本の部に同額の繰越利益剰余金が表示されることにならねばならない。」と主張するが、繰越利益剰余金については、原告において、既に、清算所得に対する法人税の課税を受けているから、新会社の開始貸借対照表には表示されないのであつて、被告の処理によると、その仕訳は、
借方 貸方
再評価否認 八三一、〇九〇円 当期発生利益剰余金 八三一、〇九〇円
当期発生欠損剰余金 三九七、四二九円 営業権否認 三九七、四二九円
〃 一、五一九、〇八八円 未払金認容 一、五一九、〇八八円
となり、差引き当期発生欠損剰余金増加額は一、〇八五、四二七円(三九七、四二九円+一、五一九、〇八八円-八三一、〇九〇円)となつて、原告の繰越利益剰余金と新会社の当期発生欠損剰余金は同額となるが、これは、結局、原告と新会社を同一会社と認めて二重課税を避けるために行つた処理である。別会社ならば、右最後の仕訳は必要なく、
製品仕掛品 一、〇八五、四二七円 未払金 一、〇八五、四二七円
とすればよいはずである。
(七) 被告が組織変更を認めたとみるべき事実を法律学的見地より解明すると、被告が新会社の更正において否認した営業権、再評価積立金及び計上洩れと認定した製品仕掛品は、元来、原告の資産であつて、承継するか否かは原告の自由である。しかるに、被告が処理したように、その対価を新会社が原告に対して履行すべき義務があるとすることは、合併の場合のように権利義務が包括承継されて法人格の同一性を認めたものとみなされてもやむをえないところである。
(八) なお、租税法においては、商法第一一三条、第一六三条、有限会社法第六四条、第六七条の法的手続を履行しなくとも、通達による特別の取扱いにより、旧会社から新会社へ財産の承継が行われた場合の課税の特例を認めているものがある。
例えば「全株を取得する場合の現物出資の特例」(法人税基本通達二五四、昭和四〇年の法人税法の全文改正で同法第五一条に明文化された。)と武田昌輔氏の解説「通達二五四に於ては、一たん現金出資をして直ちに必要な資産を買入れることも実体としてみると現物出資に異なりませんから、この方式も認めることとしておりますが、今回の改正についてはこれについて規定するところがありません。従つてこの方式は一応認められないことになりますが、従来の取扱を著しく変えようとするわけではありませんから、取扱いにおいて検討されることとなると思います。然し、現在は実施されている。」(日本税務協会発行「改正税法のすべて」一三九頁)とをあわせ考えると、本件新会社の設立行為は、原告の資産負債一切の財産の承継、すなわち、包括的現物出資によるものであると理解されるので、本件通達を用いなくとも、この基本通達二五四を引用して受入行為を行うときは、清算所得は起つてこないと考える。
五、実質上財産の包括承継があつた場合については、清算所得についての法人税は課税すべきでないということについて
(一) 実質課税の原則から
法人税法全般を通じて、財産の包括承継を行つた場合(例えば合併の場合)には、出資額以上の交付金がなければ、清算所得についての課税はしないことになつている。したがつて実質的に財産の包括承継の事実がある以上、解散登記の事実にこだわることなく取り扱うことが法人税法(昭和四〇年三月三一日法律第三四号による改正前のもの)第七条の三に規定する実質課税の本旨にかなうものである。
(二) 税務調整という点から
納税者が更正処分を受けた場合に、自主的に借方資産勘定、貸方雑益勘定の調整仕訳を行い、しかして、この資産の承継を行えば、清算所得は発生しない。したがつて、あらかじめ右のような調整仕訳をして包括承継を行えばよいのであるが、納税者は、既往の課税内容を知らないので、調整する余地がないし、解散後の更正によつて認定された残余財産をいかに処分するかを決める余裕もない。にもかかわらず、会社の意思決定を無視して、直ちに更正財産が留保であると判定することは内務干渉で不当である。
(三) 負担の公平という点から
原告は、残余財産を新会社に承継する意思はあつたが、これを留保する意思はなかつた。したがつて、もし、原告が解散登記を行わず、そのまま放置しておけば、実体は原告の財産が新会社に包括承継されているのであるから、原告は、清算所得に対する課税を受けないで済むのに、多大の登記費用を支出して解散登記を行つた結果、清算所得についての課税を受け、正直者が馬鹿をみた結果となつて不公平である。
六 原告は、原告会社が解散したことによる清算所得の発生は認めていないということについて
(一) 原告は、清算所得の確定申告期限である昭和三五年二月末日が到来しても、あえて申告しておらず、また、国税庁長官通達を援用して説明を求めたが確答がなかつたので、やむなく、自己の意思に反して本件清算所得に対する法人税の確定申告書を被告に提出したものであるが、昭和三八年一一月二日右申告書についての取下げ願いを被告に提出して、右申告の取消しを求めた。これは、意思表示の取消行為として有効である。
(二) 更に、本件通達の適用がない場合には、財産を社員に分配する意思であつたことを東京国税局長に表明しており、昭和三八年一一月二日に確定申告の取下げと、残余財産の分配について社員の同意を得、昭和三九年一一月九日には、本件が敗訴したときは、残余財産を社員に分配する旨の決議を行つている。
それ故、もし、清算所得は存在しないという原告の主張が認められない場合には、行政事件訴訟法第一六条、第一九条及び民事訴訟法第二二七条に基づき、原告の積立金配当可能の旨の判決を求める。
(三) なお、右残余財産を分配する旨の決議は次のとおり有効である。
すなわち、原告の解散事業年度の定時総会は、昭和三五年三月に行われたのであるが、被告が当該事業年度分について租税を賦課することのできる除斥期間は、昭和四〇年三月三一日であるから、被告が右解散事業年度分の所得についての更正を右の除斥期間内に行つた結果明らかになつた利益の増加分については、も早残余財産の分配として処分できないこととなるが、これは不公平だからである。
第七 原告の反論に対する被告の再反論
一 支払利息は有価証券の売買損と解すべきかどうかについて
本件手形貸付契約による手形貸付は、貸付の一種であつて、銀行が手形を徴するのは、借用証に代え、また、貸付金債権を確保するために外ならないのであつて、このことは、本件手形取引約定書の各条項からも明らかに読みとることができる。よつて、本件利息は借入金に対する支払利息とみるべきである。
二 被告が、原告は新会社に対して未経過保険料及び未経過利息相当額の立替債権を有すると主張したことの意味について
原告は、未経過保険料及び未経過利息相当額を新会社のために立替払いする意思をもつて支払つたものではないというが、被告は、立替払いの意思の有無を主張しようとしているのではなく、むしろ、被保険物件の所有権が原告から新会社に移転したこと、あるいは原告の富士銀行亀戸支店からの借入金債務を新会社が引き受けたことに着目して、それぞれ未経過分相当額の立替払債権を有するものと表現したにすぎないものである。
三 原告の清算所得の存在が確認された場合にも、解散前の積立金について解散後配当決議を行つている場合には清算所得は存在しないことになるかどうかについて
原告は、解散事業年度において、利益配当の決議をせず、会社解散の決議をして清算人を選任し、法定の清算手続を開始した。
ところで、清算中の会社は、解散前の会社と同一の人格を持続するが、それは、清算の目的の範囲内で存続するものであるから、営業を前提とする諸制度及び利益配当に関する諸規定は適用がなくなり、社員は、利益配当を請求することができず、残余財産の分配を受ける権利を有するに止まるのである。したがつて、原告主張のように、会社が解散して三年一〇ヶ月も経過した昭和三八年一一月二日に利益配当の決議をしたとしても、それは無効の決議といわざるをえない。
つまり、法人税法及び所得税法の体系では、清算所得に対する法人税及び所得税の課税については、解散した法人の段階で、その残余財産の価格が資本又は出資の金額、資本積立金額及び再評価積立金額をこえる金額につき法人税を課することにしているのであつて、原告が残余財産について配当決議をしたとしても、それによつて清算所得の存在が否定されるべきものでないことは明らかだからである。